本作、遺作の中でも数少ない、重ねぶ厚い鎧通しと呼ばれる短刀で、出来は上々。栗原信秀の代表作品であることは間違え無い大変貴重な一振りです。
短刀 銘 信秀 安政六年十二月日 栗原信秀の研究52P所載品 特別保存刀剣鑑定書
Tantou (Kurihara Nobuhide) [N.B.T.H.K] Hozon Touken

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価格 (price)御成約/sold out(JPY)
(消費税込。10万円以上の商品は国内送料込)
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品番:TA-070811
鑑定書:Peper(Certificate): 保存刀剣鑑定書 特別貴重刀剣鑑定書 栗原信秀の研究52P所載品
国 Country(Kuni)・時代 Era(Jidai):加州(金沢) 江戸時代 安政六年(Edo era 1859年)
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刃長:Blade length(Cutting edge): 21.2cm(七寸〇分) 反り:Curve(SORI): 反り0.0cm
元幅:Width at the hamachi(Moto-Haba): 2.2cm 元鎬重:Thickness at the Moto-Kasane: 1.12cm
先幅:Wide at the Kissaki(Saki-Haba): 1.8cm 先鎬重:Thickness at the Saki-Kasane: 0.9cm
茎:Sword tang(Nakago): 生ぶ、鑢目勝手下がり、目釘孔二。
体配:Shape(Taihai): 平造、庵棟、健全。。
地鉄:Jitetsu(Hada): 杢目肌よく詰む。映り現る。
刃紋:Temper patterns(Hamon): 互の目乱れ。
帽子:Temper patterns in the point(Bohshi): 直ぐ調子となり丸へ深く返る。
登録:Others: 静岡県 昭和26年
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【解説】栗原信秀は文化12年(1815)越後に生まれました。信秀は幕末の巨匠・源清磨門の第一人者でありましたが、入門の年齢は遅く、嘉永元年(1848)で三十四、五歳の頃とされています。それ以前は鏡師でした。転職した頃には既に家族もあり、加えて師の清磨とは僅かに二歳ちがいと言うわけで相当の苦労があったっと想像されますが、才能があった信秀は短い期間で清磨の技を吸収してしまい、嘉永5年(1852)に独立しました。伊豆浦賀、江戸上野で仕事をしていましたが、慶応元年には京都に上り、孝明天皇から「筑前守」を受領します。信秀は人気刀工清麿の高弟として作風を継承しているほかに、刀身に竜や不動、梅枝など緻密な彫りをいれたため、特に人気があります。栗原信秀、栗原謙司信秀、栗原筑前守信秀、筑前守平朝臣信秀、信秀などと銘を切りました。明治になって天皇の御番鍛冶に任命され、明治5年(1872)には天皇に佩刀を献上し、7年(1874)には政府の命により建立された神社「招魂社(今の靖国神社)」の御鏡三面を打ち上げて、最高の名誉を受けて故郷三条に帰ります。三条八幡宮の御神鏡や弥彦神社の御神鏡などが代表的な作品です。
この信秀短刀も上出来の一振りで、重ねが厚い鎧通しと呼ばれる造りこみ姿の短刀です。刃長は、7寸。切先に向かって鋭利な印象の刃で、元重ねは何と1.1センチを超えるものです。地鉄はよく詰んだ木目肌鍛えで、地沸つき、部分的に映りが現れます。刃紋は、小沸出来の互の目乱れ刃紋です。匂口は見事に明るく、小沸が輝いている冴えた刃です。足よく入って働き、特に深く返った帽子には、金線も表れ、棟にも飛び焼くなど景色も豊かで、鎧通し姿と相俟って誠に覇気ある一振りに仕上がっております。茎は生ぶ。鑢目、刻銘、きっちりとして気持ちが良く、茎千両と云える保存状態です。本作、遺作の中でも数少ない、重ねぶ厚い鎧通しと呼ばれる短刀で、出来は上々。日本美術刀剣保存協会新潟支部、栗原信秀の研究52頁所載品。栗原信秀の代表作品であることは間違え無い大変貴重な一振りです。金着せ二重はばき。甲種特別貴重刀剣、保存刀剣鑑定書、
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